山崎先生の案内で立川断層を歩く

山内れい子の都政フォーラム

矢川駅から、さぁ出発です
矢川駅から、さぁ出発です
 4月21日、曇り空のなか、エレベーター設置工事の終わった矢川駅にたくさんの人が集まりました。約10年前、東京都地域活断層調整委員会のメンバーであった首都大学東京の山崎晴雄教授の案内で「立川断層を歩く」”山内れい子の都政フォーラム”にご参加くださるおよそ80人の方々です。
 多摩地域では、以前から立川断層について関心が高く、生活者ネットワークでも、都の対策を求めていました。しかし、発生の確率が低いということから、地震被害想定の対象から除外されていました。東日本大震災後、政府の「地震発生確率が高くなっている可能性がある」との公表を受け、都は今回被害想定に追加、4月18日に発表しました。この機会に、私たち自身も立川断層を知ろう!実際に歩いてみよう!そんな市民の皆さんからのお声から、今回の企画が生まれました。
 いざ出発!大勢のまち歩きは、他の歩行者、自転車に十分注意を払わなくてはなりません。
 矢川駅周辺を南方向に歩くと、明瞭な段差ではなく、なだらかな坂を感じます。それが立川断層なのだそうです。畑の一部では若干断層を見ることができます。南養寺前の甲州街道も立川方向への緩い下り坂となっていると伺いました。立川断層は、昔の多摩川の扇状地である武蔵野台地を上下方向に食い違わせている活断層で、立川北部を流れていた多摩川の主流路が南に移動して、その跡が2.1万年前に干上がった段丘面に最大5.8m、南端の国立矢川付近で青柳段丘に2.5m、それぞれ東側隆起が認められる断層なのだそうです。地表では断層による段丘面の食い違いが、明瞭な段差ではなく幅100m以上の緩い坂になっていて、地形を見ることに慣れていないと、この坂に気付く人はあまりいないかもしれないとのことでした。
 小1時間歩いたあと、くにたち郷土文化会館で他地域の活断層の実例などをプロジェクタで見ながら、データから被害の様子を説明していただきました。先生のお話では、立川断層が位置する武蔵野台地は比較的硬い地盤なため、1923年の関東地震では、武蔵野台地では大きな被害はほとんどなかった。しかしそれに安心するのではなく、桑畑ばかりだった当時とは社会環境が大きく異なっていることを認識し、火災などが発生しないようにしなくてはならない。震災時に身の回りにどんな危険があるかを普段から十分考え、危険に対して適切に対処する知識と能力を身につけておく必要があるとのことです。
 情報公開があってこそ、私たちは災害に備えることができます。今回もフォーラム開催の数時間前まで参加要望の連絡が入り、住民の方の関心の高さが伺えます。十分な調査や正確な情報、被害予想状況などが、当事者である住民に行き渡るよう、改めて求めていきます。

ご参加くださった方々、ありがとうございました。

防災への関心が大きく、反響がありましたので、

・・続けて第二弾!!
5月16日(水)「山内れい子の都政フォーラム」を実施します!
“山内れい子と行く 〜防災体験学習の旅〜”
ぜひ、ご参加ください。