地球の恵みから湧く水、<お鷹の道>と<個人の井戸>

2009年8月17日 16時22分 | カテゴリー: 活動報告

「国分寺・地下水の会」の活動に参加

 東京都議会は未だ、ピクリとも動かない状況で、いったい議会はこれで都民の生活に役にたつことができるのか?となさけなく、その中の(動けない)ひとりになっているというのはとても悲しい気持ちです。

 しかし、地球は毎時毎分毎秒どの瞬間も動き続けている。どんな結果になろうとも。

 先日、市民活動として20年近く国分寺の地下水を調査し続けている「国分寺・地下水の会」の調査に参加させていただきました。

お鷹の道、湧き水の流量調査
 国分寺市の自信をもって紹介できる場所といえば、まずは「お鷹の道」でしょう。そこから数か所で湧き出ている水は市民みんなで愛で親しみ大事に守っていることがうかがえます。
 今回もそんな一コマをみることができました。

 男の子たちが湧水に足を入れようとしたとき、それを見つけた少し高齢の女性が「そこはダメよぉ。きれいな水をみんなで守っておくところなんだ。そこ以外だったらいいよ。」とやさしく声をかけていました。男の子たちは「へぇ〜」という表情をして素直に従い、「大丈夫だよ」と教えてもらった場所に移動し、湧き水の感覚を楽しみ始めました。

 水の流量を調べる方法としては任意の距離にピンポン玉を浮かべて流し、そのスピードを計る、という形をとっています。また、一定の場所の水位を図り記録しています。その様子をちょうど通りかかった保育園の子どもたちが、しゃがんで一列にならんで見ていました。とってもかわいい見学者です。

井戸見学
個人のお宅の庭におじゃまして所有者の方に聞き取り調査を行いました。こちらのお宅では「災害のために」ということで自主的に井戸を保存されています。

 とても風情のある昔ながらの手押しポンプです。今は飲み水ではなく庭の水まき用で使っているとのこと。井戸の周りも情緒を感じられるような造りに直されたそうです。柘植の木の下でお茶をいただきながらお話をうかがいました。
 
 井戸を残す、というのは井戸そのものだけではなく周りの環境すべてに配慮しなくてはなりません。個人では限界もあります。みんなで保存していくシステムを作ることができるといいですね。

<先週のできごと・私の胸に刻まれたひとこと>

先日、「風のかたち」というドキュメンタリー映画を見ました。
小児がんと闘う子どもたちの生きる力を10年間記録した映画です。「子どもは死んじゃいけない人たちだよね・・・」そのことばが、私の胸にずっしり刻み込まれました。